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大阪高等裁判所 平成3年(う)847号 判決 1992年9月25日

裁判所書記官

小森成伸

本籍

奈良県北葛城郡當麻町大字勝根二〇一番地

住居

同町大字勝根二〇一番地の一

会社役員

中井文治

昭和一三年三月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成三年八月二〇日奈良地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 小池洋司 出席

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月及び罰金一億五〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官松田達生作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人尾鼻輝次、同山中孝茂、同田中義雄、同豊島時夫連名作成の答弁書及び答弁補充書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

論旨は要するに、原判決の量刑不当を主張し、原判決は、被告人を実刑に処すべきところ懲役刑の執行を猶予した点及び罰金額が低額である点において、刑の量定が著しく軽きに失する、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、本件は、被告人が、靴下製造会社の経営者としての収入のほかに、個人的に継続して行っていた株式等の売買による多額の所得があったのに、この売買による所得を申告せず、昭和六〇年から昭和六二年までの三年度で、合計一四億五〇〇〇万円余の所得を秘匿し、合計九億二二〇〇万円余の所得税を免れたという事案であるが、本件犯行の罪質、動機、態様及びほ脱結果等、ことに、ほ脱額が巨額であるうえ右三年度における平均ほ脱率も約九九パーセントという高率に達する相当大規模な脱税事犯であること、犯行の態様は、家族・親族の名義や下請け業者の名義を借用して株式取引回数の分散を図るなど、計画的であること、蓄財を目的として株式取引による売買益を一切申告しなかったもので、犯行の動機に酌むべき点がないことなど、諸般の事情に徴すると、その犯情・刑責は軽視することができない。してみると、被告人は、本業の靴下製造業による収入については秘匿せずに申告していたこと、本件の摘発後本税のほか附帯税の全額を納付したこと、老人福祉施設に対する五〇〇万円の贖罪寄付を行って反省の情を示していること、前科前歴がないこと、うつ病の持病があることなどの被告人に有利な情状を十分斟酌しても、本件が刑の執行猶予を相当とする案件であるとは認められず(なお、本件後の税制改革で有価証券取引による所得に対する課税が見直され、仮に改正税制のもとで本件株式取引を行ったとすればその税額が本件当時より大幅に減少する可能性があることは、ある程度被告人に有利に斟酌すべき事情であるといえるが、これを考慮しても右の結論は変わらない。)、被告人を懲役三年に処したうえその執行を三年間猶予した原判決の量刑は、刑の執行を猶予した点で不当に軽いといわなければならない。また、以上述べた各事情、ことに本件ほ脱額の大きさに照らすと、原判決が被告人を罰金一億円に処した点も、その金額が低額に過ぎ不当であるといわざるを得ない。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に判決することとし、原判決が認定した罪となるべき事実にその挙示する、刑法二五条一項を除く各法案を適用して(なお、所得税の税額改正が刑法六条にいう刑の変更に当たるとの弁護人の主張につき、これが採用できないゆえんは、原判決が「弁護人の主張に対する判断」と題する項で説示するとおりであり、当裁判所も原判決の右判断を相当として是認するものである。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田良兼 裁判官 石井一正 裁判官 飯田喜信)

平成三年(う)第八四七号

○控訴趣意書

所得税法違反 中井文治

右被告人に対する頭書被告事件につき、平成三年八月二〇日奈良地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

平成四年二月一八日

奈良県地方検察庁

検察官 検事 松田達生

大阪高等裁判所第三刑事部 殿

第一 控訴申立の趣旨

原裁判所は、罪となるべき事実として

「被告人は、奈良県北葛城郡當麻町大字勝根一六六番地において、靴下製造業を営む株式会社ナカイの代表取締役として、その業務全般を統括する傍ら、個人で継続的に有価証券の売買を行っているものであるが、自己の所得税を免れようと企て

第一 昭和六〇年分の総所得金額が、二億七、六三四万三、八五九円で、これに対する所得税額が一億七、七九〇万八、六〇〇円であるにもかかわらず、他人名義等も使用し、継続して有価証券を売買したことによる所得をすべて除外するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、同六一年三月一五日、奈良県大和高田市三和町二番一七号所在の所轄葛城税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が二、二一一万三、一九六円で、これに対する所得税額が六一八万九、八〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、所得税一億七、一七一万八、八〇〇円を免れ

第二 昭和六一年分の総所得金額が、五億一八八万円八、三七六円で、これに対する所得税額が三億三、一二三万六、七〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により、同六二年三月一〇日、前記葛城税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が一、四三五万三、六六七円で、これに対する所得税額が三六万四、八〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、所得税三億三、〇八七万一、九〇〇円を免れ

第三 昭和六二年分の総所得金額が、七億二、五六五万二、九八二円で、これに対する所得税額が四億二、〇三三万三、四〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により、同六三年三月一四日、前記葛城税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が一、六九七万三、六六七円で、これに対する所得税額が六六万九、九〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、所得税四億一、九六六万三、五〇〇円を免れ

たものである。」

との公訴事実と同一の事実を認定しながら、検察官の懲役三年及び罰金二億五、〇〇〇万円の求刑に対し、「被告人を懲役三年及び罰金一億円に処する。右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。」旨の判決を言い渡したが、右判決は、懲役刑の執行を猶予した点及び罰金額が低額である点において、本件の諸般の情状に照らし、刑の量定が著しく軽きに失し不当であり、到底破棄を免れないものと思料する。

第二 控訴申立の理由

原判決は、本件がそのほ脱税額、ほ脱率、ほ脱の手段方法等において極めて悪質な事案で、犯行動機にも酌量の余地がなく、懲役刑の執行を猶予し、かつ罰金額を低額にすべき格別の事情がないのにかかわらず、懲役刑の執行を猶予し、罰金額も大巾に低額にしたものであり、この点において量刑著しく軽きに失し、到底承服し難い。

以下、その理由を述べる。

一 被告人の本件犯行は、以下詳述するように、多年にわたって反復敢行された大型ほ脱事犯で、ほ脱税額が極めて巨額であり、ほ脱率も一〇〇パーセントに近い高率である上、ほ脱の手段・方法は計画的、かつ極めて悪質・巧妙で、伝播性も強いと認められるものであり、また、動機においても酌量の余地がない悪質な事犯である。

1 本件は、強固な意図の下に多年にわたって反復敢行されたほ脱事犯である上、ほ脱額は極めて巨額であり、ほ脱率も高率である。

本件は、靴下製造業を営む株式会社ナカイの代表取締役であった被告人が、昭和三六、七年ころから個人で株式等の売買を行うようになり、同五五年一二月ころには、株式の取引が二〇万株を超え、取引回数も五〇回を超えていることがわかったにもかかわらず、脱税をする意図のもとに、借用口座を使って取引名義を分散し、各口座が、株数や取引回数を超えていないように工作して売買益を申告せず、所得を隠匿した上、昭和六〇年ないし同六二年の三年分にわたり、いずれも極めて僅少な過少申告に及んだ悪質な事犯であり、しかもそのほ脱税額は、同六〇年分が正規の所得税額一億七、七九〇万八、六〇〇円に対し、一億七、一七一万八、八〇〇円、同六一年分は正規の所得税額三億三、一二三万六、七〇〇円に対し、三億三、〇八七万一、九〇〇円、同六二年分は正規の所得税額四億二、〇三三万三、四〇〇円に対し、四億一、九六六万三、五〇〇円であって、その合計額は、正規の所得税額合計九億二、九四七万八、七〇〇円に対して九億二、二二五万四、二〇〇円の巨額に及んでいる。このように極めて多額のほ脱を多年にわたって反復敢行していること、ほ脱税額合計が九億円を超えていて比類まれなものであること、しかもそのほ脱税率が約九九・二パーセントとこれまた極めて高率であることなどを総合すると、被告人の本件所得税ほ脱の悪質性・重大性は明白であり、このことのみをもってしても、本件が懲役刑につき実刑に処し、かつ高額の罰金刑に処すべき事案であることは明らかである。

2 動機においても酌量の余地がない。

被告人は、前記のとおり、昭和五六年ころから、株取引につき脱税を敢行していたが、加えて、同五九年ころからは、自己が代表取締役を務める前記株式会社ナカイの事業の業績が悪化してきたことから、将来の転業資金を蓄えておこうと考え、また、株は儲かるときばかりでなく、損をすることもあることを考えて、儲かっているときに蓄財しておこうとの意図のもとに本件ほ脱を決意して敢行していたものである(被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書・記録《以下、記録の表示を省略する》一一九丁の二〇四四裏ないし二〇四五表、二二〇七裏ないし二二一〇表、被告人の検察官調書・一一九丁の二二八九表ないし二二九〇表)。しかして、被告人は、株式売買による巨額の浮利を手中にしながら、自己中心的、打算的動機から脱税を敢行したのであって、その動機に酌むべき事情は認められず、厳しく指弾されてしかるべである。

3 本件犯行の態様は計画的で巧妙悪質である。

被告人は、昭和三六年ころから株式売買を始め、同四〇年ころ、新聞記事や証券会社から説明を受けて、課税要件、つまり売買回数が五〇回以上、株数が二〇万株以上に該当し利益があれば申告する必要があることを知った上で、株式取引回数が多くなり、右要件を充たす状況に至ったため脱税を図り、同五六年ころから事業を下請させていた金田春基や西堀泰邦らの名義を借用するほか、家族や親類の名義を使用し、更に伊藤銀證券橿原支店長の田中幸男に依頼し、同人の知人名義の口座を借用するなどの工作を行って取引回数を分散させていたのであって、各年の取引回数が五〇回をはるかに超え、また、売買株数が二〇万株をはるかに超えていること、及び各年分とも多額の売買益があったことを十分認識していながら、確定申告に際しては当該売買益を全て除外し、給与所得、不動産所得及び配当所得(昭和六〇年分については事業所得もある。)のみを申告していたものである(被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書・一一九丁の二〇四一表ないし二〇四二表、二〇四五表ないし二〇四七表、二一二七裏ないし二一二八表、二一六九表ないし二一七一裏、二一八四表ないし二一八五裏、被告人の検察官調書・一一九丁の二二九八裏ないし二三〇〇裏)。その申告状況をみると、昭和六〇年分については、二、二一一万三、一九六円、同六一年分については、一、四三五万三、六六七円、同六二年分については、一、六九七万三六六七円であって(葛城税務署長作成の証明書・一一九丁の一〇八一ないし一一一三)、その申告率は、同六〇年分が約八パーセント、同六一年分が約二・八六パーセント、同六二年分が約二・三四パーセントと極めて低率である。このような被告人の明確な脱税認識、同六〇年に税務調査が入り株式売買益についても調査を受けたにもかかわらず、以後も過少申告を継続してきた状況(被告人の公判供述・一二〇丁の五七裏ないし五八表)、低い申告率などの事情を考慮すると、本件ほ脱行為は極めて悪質であり、被告人が、強固な脱税の意図のもとに計画的に所得税ほ脱を反復敢行してきたことが明らかである。

加えて、被告人は、借用名義を用いて株式取引回数を分散するにあたり、税務調査で脱税を摘発されるのを防ぎ、かつ、名義人から本件違法行為の弱みを種に脅されたりする事態を防ぐため、信頼ができ、自己の意のままになる下請人、家族あるいは取引証券会社支店長の知人名義を借用していたものである(被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書・一一九丁の二二一二表ないし二二一四裏)。このように、被告人は、周到な配慮の上、多年にわたって犯行を重ねていたのであって、その違法性の認識は強く、反道徳性も高い。

二 悪質な脱税事犯に対しては、その懲役刑の執行を猶予すべきではない。

我が国は、国民主権によって統治され国家の財政は国民の税金によって賄われており、殊に所得税は国家の各種施策の財源としての租税収入の根幹をなすものであるところ、納税はすべての国民の義務であって憲法三〇条が規定するところであり、その義務に反することは、国民全体の犠牲において不当に利得を得ることにほかならない。そして、現行の租税制度は、申告納税制度を基調としていることがその最大の特色であるが、申告納税制度は、納税義務者が自己の責任においてその所得や課税価額を計算し、誠実に申告して納税義務を履行するもので何よりも納税義務者の自主性が尊重される民主主義国家にふさわしい課税方式であるといえる。

脱税は、その申告納税制度を悪用した犯罪であって、国家財政の基盤をなす租税収入を減殺するだけにとどまらず、担税力に応じて公平に納税義務を負うという国民の租税均衡負担の利益を侵害する極めて反社会的な行為である。

すなわち脱税犯の実態は社会構成員がその社会を維持するための財政的負担を租税という形で負担する民主主義社会の下では、単なる行政犯ではなく、納税義務者が自己の責任においてその所得や課税価額を計算して誠実に申告納税することを期待し、これを基調としている申告納税制度を根幹から脅かす極めて反社会的、反道徳的な犯罪であって、もはや自然犯そのものと解すべきものであり、そこには責任主義に基づく刑事制裁の理念が支配し、脱税者の反社会性、反道徳性に着目し、社会的非難の強度なものに対しては一般刑事犯と同様な重い刑責を科す必要が認められる。

今日の国民全般に顕著にみられる税制ないし納税の具体的適否等に関する関心の高さ等を勘案すると、脱税犯に対する刑罰は、決して、国民に「正直に申告納税したものが馬鹿を見る。」との意識をまん延あるいは醸成させ、納税義務者一般の意識に著しい不公平感を生じさせ、その納税意欲を減退ないし阻害させるものであってはならず、他への伝播を押さえ、脱税者の発生を防止するに効果的な刑罰でなければならない。

要するに、申告納税制度の租税秩序を維持していくためには、特別予防、一般予防のいずれの観点からも、反社会性、反道徳性の強い悪質な脱税事犯については、懲役刑の執行を猶予すべきものでなく、厳刑をもって対応していかねばならないのである。

昭和五四年までは、直接国税ほ脱犯単独で自由刑の実刑判決が言い渡された例は皆無に近かったが、同五五年三月一〇日東京地方裁判所が三〇年ぶりに法人税法違反につき実刑判決を言い渡して(判例タイムズ四一七号一五六頁)以来、今日までに直接国税ほ脱犯として起訴された事犯中、悪質で社会的非難の強度なものに対しては一般刑事犯と同様実刑判決をもって対応する例が増加してきている。これは、脱税事犯の自然犯的性格が認識され、裁判実務上も定着してきたからにほかならない。

右東京地方裁判所昭和五五年判決は、脱税事犯に対する実刑判決のリーディングケースと言うべきものであるが、これによると、「租税ほ脱犯(直接税)に対する処罰の基本的理念として、(1)ほ脱にかかる不正手段の態様において、それが申告納税制度の根本を否定するほどの反社会性、反道徳性を有するものであって、一般国民の納税意欲(納税倫理)に著しく支障を生ぜしめるほどの悪質性が認められるか、(2)ほ脱税額が著しく多額か(ほ脱率)、その者が税制上優遇されているか、特に申告にかかる所得金額との開差が大きいか(申告率)の各事実の有無が刑の量定にあたって考慮されなければならない。」とした上で、「もし、その所得秘匿行為の態様において、著しく反社会的、反道徳な行為、手段と認定できるものであり、かつ、そのほ脱した金額とを併せみれば、他への悪性の伝播性が窺われ、誠実な納税申告者をして、その納税意欲(納税倫理)を著しく阻害させる程の悪質性が認められる限り、かかる脱税者に対しては、責任主義に基づく刑事制裁としてそれ相応の懲役刑を科する必要があるといわねばならない。」また、「懲役刑についても、刑責の軽重を問わず、一律に刑の執行猶予を付することになれば、犯罪と刑罰に関する一般社会の正義観念が損なわれ、法の尊厳性を危うくさせることになる、換言すれば、租税法秩序の基礎である申告納税制度のもとに一般納税者の納税意欲(納税倫理)を著しく損なわせ、誠実な納税者だけが馬鹿をみることになるから、反社会性、反道徳性の強い事案に対しては法の正義の観念からも刑の執行猶予は許されないといわねばならない。」と説示しているが、これは自明の理である(これに対する控訴審判決の東京高等裁判所昭和五七年一月二七日判決も一審判決後の情状を斟酌して刑期を短縮したものの、実刑判決を維持し、同判決は上告棄却により確定している《この点控訴審で立証予定》。)。

この点、本件についてみると、前述のようにそのほ脱税額が極めて巨額であり、ほ脱率も一〇〇パーセントに極めて近い高率であり、ほ脱の手段方法も極めて悪質巧妙で、伝播性が強く、また動機においても酌量の余地が全くないものであり、正に一般社会の正義観念を著しく損ない、法の尊厳性を危うくさせる悪質な事犯であり、正にこの判決がいう「法の正義の観念からも刑の執行猶予は許されない」脱税事犯にあたることは明らかである。

三 悪質な脱税犯に対しては、責任主義に基づく刑事制裁として、高額な罰金刑を科す必要がある。

脱税犯は、典型的な利欲的動機に基づく犯行であり、既に述べたように国民全体の犠牲において不当に利得を得るものである。この種の事犯があとを絶たないのは、脱税が莫大な利益をもたらすからであり、その防あつのためには、脱税者を単に懲役刑に処するだけでなく、高額な罰金刑をも併科して財産的苦痛を与え、脱税が経済的に引き合わず、かえって、より以上の損失をもたらすものであって、割りの合わない犯罪であることを当人にも社会にも強く感銘づける必要がある。

もちろん、脱税者が事実を隠ぺい又は仮装して正当な税額より少ない申告をすると行政罰として重加算税が科される。しかし、これはあくまでも行政上の措置であり、ほ脱犯には、別に刑事犯として罰金を科するのが法の理念であり、責任主義の観点からも、ほ脱税額に応じて適切な罰金刑を科すことが強く要請されるのである。

四 原判決の量刑は、同種事犯に対する裁判の量刑と比較しても軽きに失する。

本件と同様の所得税法違反事件に対する裁判の実情につき、昭和六一年四月以降平成三年末までの間に判決が確定した同法違反事件のうち、ほ脱税額が四億円以上の事例について調査した結果は、別紙量刑事情一覧表のとおりであり、悪質な事案については懲役刑につき実刑判決が言い渡されている(この点控訴審で立証予定)。

まず、懲役刑に執行猶予が付された事案中番号1、8、9、11、19、20、21、22は、ほ脱税額が四億円台あるいは五億円台の事案で、本件のほ脱税額が九億円余りであるのと比べるまでもない。なお、番号21の事案は、第一審において、ほ脱税額が七億四、八五二万九、一〇〇円と認定され、法人税法違反とともに懲役一年六月の実刑判決の言い渡しがあったものの、控訴審では、ほ脱税額が四億六、〇六一万九、二〇〇円と認定された上、原判決後に法人税法違反の共犯者である実兄が一億円のしょく罪寄付をしたことや査察や告発の経過に不適切な面があったことが控訴審で明らかになったことなどを「犯罪後の情況」ととらえて斟酌した特殊事情があり、格別本件の参考となるものではない。

これに対して、番号14の事案は、ほ脱税額が七億円台でありながら、執行猶予が付されているのであるが、この事案は、高齢者の健康と生きがいづくりを目的とする財団の設立資金に充てるため敢行したもので、動機面に特殊事情があって本件とは異なる。

次に懲役刑の実刑判決が言い渡された事案をみると、番号5、6、12、18の事案は、ほ脱税額が四億円台であるが実刑判決となっており、ほ脱税額が六億円台の番号2、17の事案についても実刑判決が言い渡されている。

さらに、ほ脱税額が七億円以上の事案を検討すると、特殊事情の認められる前記番号14が例外で、脱税態様が本件と同種の番号3を始め、番号4、7、10、13、15、16、23は、いずれも実刑であり、特に番号10の事案では、ほ脱率が四七・三パーセントと決して高くなく、本脱等も全額納付しており、被告人が病身であるなどの有利な事情があるにもかかわらず、ほ脱額が九億四、三八七万五、八〇〇円と巨額であり脱税の手段方法が巧妙悪質であることを理由に実刑判決が言い渡されている。

このようにほ脱税額が、七億円に達するような事案では、ほ脱税額が巨額であることだけで、一般社会の正義観念を損ない、法の尊厳性を危うくさせるもので、反社会性、反道徳性が強いことから、原則として執行猶予は許されないと判断しているのが実情である。

さらに、罰金刑の額についても検討すると、ほ脱税額に対する罰金額の割合は、低いもので番号4及び同12の事案の約一二・三パーセントから高いもので番号15の事案の約二七・三パーセントまでばらつきが見られるものの、おおむね二〇パーセント前後の率で罰金刑が科されている。

本件事案を前記同種事案と対比すると、ほ脱税額が本件より低額で、本件と同態様の番号3を始め、ほ脱税額が近似の番号10及び23については、番号10が懲役二年、番号23が懲役一年一〇月といずれも実刑判決であり、罰金の額も番号10が一億三、〇〇〇万円、番号23が二億円である。

しかるに、これらの事案に比し格別情状酌量すべき事情も認められない本件について、懲役刑の執行を猶予し、罰金額についてもほ脱税額が九億二、二二五万四、二〇〇円であるのに対し、一億円であって罰金率は約一〇・七六パーセントの低率であり、同種事案に対する刑と著しく均衡を失していて、極めて不当であり、罰金刑の衡平の観点からも、ほ脱額に見合った高額の罰金刑を科すべきである。

第三 結び

以上詳述したように、本件は、ほ脱額が巨額であり、犯行動機にも特に酌むべき事情が認められず、反社会性、反道徳性が強く、寛刑に処すべき理由は認められない。

しかるに原判決は、懲役刑の執行を猶予し、かつ、ほ脱税額に照らして低額の罰金刑を言い渡したのであって、これは著しく軽きに失し不当であるから、速やかにこれを破棄し、更に適正な裁判を求めるため、本件控訴に及んだ次第である。

別紙量刑事情一覧表(昭和61年~平成3年度確定、所得税法違反でほ脱税額が4億円以上のもの)

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